

新月の変容
マリアのHULAと私の写真、「新月の変容」。
打ち合わせを重ねてる。 このセッションをすると決めた時から、私の中で変容が起こってる。
自分を認めること。
自分の価値を自分が認める。
マリアとのやりとりの中で、マリアのHULAを通して、私の写真の意味に気づかされる。
日常はいつも淡々と過ぎていき、時に不安に陥ることもある。
だけど、ここに立つ、自分の存在の尊さを思う。 写真は撮ってる時だけで撮ってるのではなく、今の私全部で撮ってる。
すべてが繋がってることを知る。
私が見た風景には、私の母が、息子が、みんながいる。
マリアの伝えるHULAの中に私がいる。 なんということだろう。
今出来ることの中に、尊さが詰まってる。
誰しも。 大いなるチャレンジ。
HULAの胸を借りる。
だけど、比べる必要さえない。 楽しみと、緊張と。
ああ、マリアのHULA!スイッチが入った途端空気が変わる。
魂に響く。時に恐れるほど。見て欲しい。 お申し込みは、イベントページからでもメッセンジャーでも。
お待ちしています。 https://ww


「みな、やっとの思いで坂をのぼる」
水俣の永野三智さんが本を出された。
「みな、やっとの思いで坂をのぼる」
ページをめくると、
「故溝口秋生先生に捧ぐ」と。
涙が溢れて止まらない。
深呼吸して、泣かずに読む。
終わった話じゃないのだ。 思い出せば、のどかで優しい空気が漂う水俣。
モノクロの、水俣病の苦しみだけがある町じゃない。
人々のいつもの暮らしの中で起こったこと。 患者さんの声を聞き続けるみっちゃん。
やっとの思いで、坂をのぼり、声を出した人々を、
きり棄てていく国。 まだ読み終わっていません。
ゆっくりしか読めなくて。 ただ、多くの人に読んで欲しい。 私は水俣へ行くようになって、私が撮りたかったものは尊厳だったんだと教わりました。 今、写真を振り返る作業をしてて、みんなで一緒に水俣へ行った写真が出てきた。
子どもたちも溝口先生のおうちへ連れて行ってもらってたね。
患者さんでもある奥さんと、胎児性水俣病の息子さんが一緒に暮らされて、そして先生はお母さんの裁判を闘っていた。 会う時はいつも笑顔で。 みっちゃんが教えてくれた海底から湧く真水「ゆうひら」。


小野瑛子さん
小野瑛子さんが亡くなられました。 5歳で広島原爆にあわれ、お父さんとお姉さんを亡くし、ご本人も病を抱えながら、でもとても強くしなやかに生きられた、そんな印象を持っています。
そして原爆の語り部となられた。
糸島のフリースクール、産の森学舎でもお話し下さりました。
エレガントで本当にかっこいい女性でした。
「9」にも登場しています。
いつも応援してくださった。 瑛子さん、もう一度お会いしたかった!
でも本当にお疲れ様でした。
ありがとうございました。
どうかゆっくり休まれてください。
今日は泣きます。